悪夢の4日間(3日目) -カーボベルデ-
 サル島3日目の朝は7時に起床し、日は昇ってもなお薄暗いホテルの部屋の中で、今日こそはこの国を脱出する ことをお互いに確認し合い身支度を整えます。
 A氏「さて、今日の予定は?」  私「まず10時にJさんのオフィスに行って打ち合わせだね。日本からも電話があるはずだからね」
 A氏「そこでいい解決策が見つかるといいんだけど」
 私「そうだね。でも最悪のことも考えて、やはりダカール経由のチケットも一応確認しておこうか。 これ以上ここに留まるのもいやだし」
 A氏「その場合、プライアのイミグレのこともこっちでクリアにしておいたほうがいいよね」
 私「確かにあっちで問題が起きると今度こそヘルプしてもらえる人がいないし」
その日は10時に日本の旅行会社から空港のオフィスに電話をもらえることになっていたので、そこでガイドのJさん とも待ち合わせることになっていました。この機会は1つの正念場でもあったので、そこで何か少しでも進展が あることを切実に願っていました。ただ、正直まだどういう展開になるかまったく見通せず、常に不安が付き まとっていたので、結局朝食を取る気分でもなくそのままホテルを出ました。
 ホテルの玄関先へ出ると、すかさず通りかかったタクシーの運転手がこっちを見て、「タクシー?」と声を掛けて きます。この国のタクシーはとても便利だな。などと思いながら「イエス」と答え乗り込みます。 この国のタクシーはメーターはありませんがぼられることはなく、必要そうにしているとたいてい向こうから声を 掛けてくれるのでとても便利です。
 空港へ着くとさっそくオフィスへ向かいます。オフィスにはすでにJさんをはじめ、昨日お世話になったSさんや、 初日にJさんとともに我々を出迎えてくれたEさんがいました。
 我々「おはようございます」
 Jさん「おはよう。たいへんだったね。私はてっきり食事をしたあと、夜の飛行機で飛び立ったと思っていたよ」
 我々「我々もそのつもりだったんですが、まさかこんなことになるとは」
 Jさん「大丈夫。そんなに心配しないで。あとで私がポリスのところへ行って私のカスタマーだということを 説明してくるから」
なんという心強いお言葉。Jさんがいると百人力のような気がしてきます。そうこうしているうちに10時になり、 約束どおり日本から電話がかかってきました。最初、しばらくの間Jさんが電話に出て話したあと、 私に電話を回してくれました。
 そこで1つ朗報がもたらされました。プライアのイミグレ(入国時のイミグレ)で我々のビザ発給ミスがあり、 それをプライアのイミグレ自身が認めたとのことです。
 おおっ。すばらしい。サルとプライアで場所は違うけど、イミグレ自身が間違いを認めたのであれば、 当然情報が伝わって出国できるようになるのでは。そう思った私は電話で話す声も興奮気味になるのを隠し切れ ませんでした。日本の旅行会社でも、Jさんの旅行会社のプライアオフィスに連絡を取ってもらえたようで、 現地スタッフが動いてくれたようです。いやぁ。ほんとにありがたい。
 Jさん「電話でも聞いたと思うけど、そういうことだから私があとでポリスに行って話してくるから。 なあに、心配ない。今日中には帰れるよ」
電話での朗報とJさんの言葉で、今朝までとはうって変わって気力を取り戻した我々は、オフィスでJさんの朗報を 今か今かと待ち焦がれていました。
 私「いやぁ、よかった。これでやっとほんとに出られそうな気がしてきたよ」
 A氏「今までまったく目処が立ってなかったからね。リスボンについたら帰還祝いをしなくちゃな」
 私「ポルトワインで一杯やりますか」
などと久々に二人で笑いながらすっかり余裕な話をしていると、ようやくJさんが戻ってきました。 しかしその表情はすぐれません。
 Jさん「ポリスオフィサーはみんなクレイジーだよ。私が事情を説明してもまったく取り合わない。 挙句の果てに、きみらはほんとの日本人ではないとまで言ってる。話にならないよ」
 我々「ええっ、だってプライアのポリスは間違いを認めたはずじゃ。。」
 Jさん「そうだけど、こちらのポリスは聞く耳を持たないんだ。セネガルの日本大使館にもFAXで照会を 掛けてるけどもう少し時間がかかりそうだ。すまない」
大ショック!再び谷底へ叩き落されたような気分です。結局周囲で新たな展開はあっても、最終的にサルのイミグレが OKしなければどうにもなりません。
 Jさんは我々を励ますためか、空港内のカフェでランチに誘ってくれたので、どん底の気分ながら久々の食事 を取りました。食べ物を口にしたのはいったいどれだけぶりだろう。うまい!気分は最悪でしたが、腹のほうは正直で 一気に平らげてしまいました。その後、Jさんは本来のガイドの仕事のため、一旦空港を離れなければならず、 またあとでと言って去っていきました。
 私「はぁ、どうしよう。結局今日も昼過ぎたけどまだ目処がたたないね」
 A氏「俺らほんとにここから出られるのだろうか。なんか疲れ果てた。。。」
 私「同感。やはりここは最悪を考えてとりあえずダカール経由のチケットを聞いてみようか」
 A氏「うん。プライアはミスを認めているわけだし、こうなったらとにかくこの国を出たい」
ということで、我々は藁にもすがる思いで、さっそくカーボベルデ航空のチケットオフィスに行き、ダカールまでの チケットを聞いてみます。ところが。。。
 スタッフ「プライアまでは本日の便でお取りできますが、プライアからダカールまでの便が満席で1/16までありませんね」
えーっ!じゅーろくにちって、約2週間も先じゃないか。冗談じゃない。そんなに待てるか。 と、そんな様子が顔に表れたのか、
 スタッフ「プライア-ダカール間はエアセネガルも飛んでますから、そちらも当たられてはいかがですか」
しかしカーボベルデ航空がいっぱいならエアセネガルも50歩100歩。ましてエアセネガルのオフィスはサルにはないし。 これはもしかして、ほんとにしばらくカーボベルデに滞在しなければいけないかもしれないぞ。となれば間違って発給された 我々のビザはどうなるのだろう?有効期限はあと数日で切れるし。我々はこの先どうなるのだろう?いったいどうしたら いいんだ!
 とりあえず数日間の滞在に備えて、手元の現金が切れかかってきたので、両替所でクレジットカードから現金を引き出す ことにします。先立つものがなければ野垂れ死にしかねない。
 ちょうど日曜日ともあって、唯一オープンしていた空港の両替所は長い列ができていて、さらに窓口は1つしか開いて いないため、列はほとんど動きがありません。それでもここしかないので、しかたなく列の後尾につくことにします。
 しばらく並んでいると旅行会社スタッフのEさんが我々を見つけ、もう一度交渉するのでどちらかのパスポートを貸して くれと言ってきました。また一筋の光が!とにかくここはおまかせしたほうがいい。そう思ってEさんに「お願いします」 と私のパスポートを預けると、終わったらオフィスに来てくれといって去っていきました。我々は長い行列にいらいら しながら何とか換金を済ませると、さっそくオフィスに向かいます。
 オフィスにはJさんと並んでマネージャーのLさんがいて、これからの説明をしてくれました。 ちなみにLさんは貫禄のある女性マネージャーで、普段の仕事は主にチケットの手配、発券業務をしています。
 Lさん「Jと相談して、今、ポリスの大ボスにアポをとってるところなの」
 我々「ポリスの大ボスってトップの人?」
 Lさん「そう。ポリスのオフィサーでは話にならないのでね。でも今はいないみたいなのでもう少し待ってくれる」
 我々「はい。もちろん。よろしくお願いします」
もはや万策尽きたと思っていたところにまた期待できる話で気持ちが高ぶります。その後Lさんは、何度もその大ボスの オフィスに足を運んでは、当人の居場所を確認してくれていました。まったくこんなときにどこをほっつき歩いてんだ。 と勝手に心の中でそう叫びながら、早く大ボスが見つかるのを待ち焦がれていました。
 やがてJさんもオフィスに戻ってきて、
 Jさん「やぁ、きみら元気ないな。大丈夫。心配ないよ。今夜のフライトで飛びたてるよ」 と、自身ありげに、やけに軽く言います。恐らく我々を励ましてくれているんだろうけど、以前も同じようなことがあったし まだ安心できないなぁ。
 そのうち何度目か、Lさんが大ボスオフィスに出て行ったときでした。しばらくしてオフィスに戻ってくると、
 Lさん「うん。OK!ポリスの大ボスが了解したわ。帰れるわよ!」
その言葉を聞いても、今まで幾度となく谷底へ叩き落されてきたせいか、しばらくはピンときませんでした。 あまりにもあっけない解決。しかしじわじわとうれしさと感動がこみ上げてきます。
 我々「えっ!なに、ほんとうですか?ほんとにOKしたんですか?」
 Lさん「ええ、もちろん。さっそく今夜の便手配するから、航空券貸してちょうだい」
 我々「信じられない。Lさんありがとう。ほんとにありがとう」
今までの出来事はいったい何だったんだ。しかし今は細かいことはいいか。これで我々もはれて自由の身だ。
 さっそくLさんに航空券を渡し、振り替え便の手配をお願いします。サルからリスボンまでは当初ポルトガル航空の便 で予約してあったので、旅行会社のすぐ隣のポルトガル航空のオフィスで、エールフランスの便も含めて振り替えの 手配をしてもらいます。
 Lさん「さて、あなたたちの便は今夜2時のリスボン行きで手配したわ。乗り継ぎのエールフランス便も手配したけど、 こちらはまだリクエスト状態で23:00にならないと結果が出ないの。たぶん大丈夫だとは思うけど。 だからそのころまた事務所に来てちょうだい」
 我々「ありがとう。でもイミグレを通過するときほんとに大丈夫かな。現場のオフィサーまで連絡が伝わってなくて また揉めるなんてことないですよね」
 Lさん「ええ、確かにその心配はあるので、あなたたちが無事通過するまで私たちのスタッフがサポートするわ」
 我々「それはありがたい。ほんとに何から何までありがとう」
時間はまだ夕方だったので、6時間以上もどこかで時間をつぶさなければならなかったのですが、そんなことはまったく 気になりませんでした。とりあえず出国できることになった安堵感とうれしさで気が落ち着いたせいか、急に空腹を 感じるようになり、昼にJさんとランチを取ったカフェレストランに入り夕食を取ることにします。
 黒板に走り書きされたポルトガル語のメニューしかない中、A氏が辞書と格闘し一生懸命翻訳しながら、今まで欲しい とも思わなかったビールに、地元のライスを使ったスープ、肉汁たっぷりのボリュームあるハンバーガーなどいろんなもの を注文して、ささやかなお祝いをします。
 私「いやぁー、昼間はダカール経由の便すら満席で、正直気分は死んでたけど、とにかくよかった」
 A氏「でもこれまで何度も期待させられては叩き落されてたけど、今度はほんとに大丈夫かなぁ」
 私「大丈夫でしょ。一番上の人がOKしてるんだから」
 A氏「まあ、なんとかここさえ出てしまえばあとはなんとかなるだろうし、また大ボスの気が変わらないうちに とっとと出たいね。ハハハ」
などと話しながら、カフェでひたすら時間をつぶします。とはいっても、さすがにカフェで6時間も座っている勇気もなく (それでも3時間はいましたが)、途中から空港内を散歩したりベンチに座ったりして、リスボンでの祝杯のことを 考えながら時間が来るのを待ちました。
 それにしても初日から今日までいろんな人にお世話になり、ほぼ一日中空港内をフラフラしていたので、 顔見知りも増えました。空港待機するタクシーの運転手や空港警備員のにいちゃんなどが、通りすがりにベンチでボーッと する我々を見ては、一声掛けてくれるようになりました。テレカをくれたり携帯を貸してくれたりと、基本的にいい人が 多かったな。まてよ、こんな状況は確かトム・ハンクスの映画で見たような。そうだ、「ターミナル」という映画に似てないか。
 そんなことを考えながら長い待ち時間が過ぎようやく23:00も近づいたころ、ベンチに座っていた我々のところへEさんが 現れました。
 Eさん「ハーィ!こんばんは。いよいよ帰国ですね。よかったですね」
 我々「いやぁー、ほんとにお世話になりました。どうもありがとう」
 Eさん「大丈夫ですよ。じゃあ、今からポリスを通過するまで私がサポートしますね。とりあえずリクエスト状態の エールフランス便を確認してくるのでオフィスで待っていてください」
Eさんは昼間と違いラフな姿で現れました。普通なら家で寛いでいるだろうに、こんな夜遅く我々のために空港に来て くれてほんとにありがたい。そう思いながらすっかりお馴染みになったオフィスのソファに座って待っていると、 ほどなくEさんが戻ってきました。しかしその顔を見たとたん、また一気に不安が駆け上がってきました。いやな予感。。。
 その予感は的中し、Eさんは苦い顔をして首を横に振りながら、
 Eさん「リクエストしてたエールフランスのパリ-東京便がとれないみたい。。。」
えっー!そんな。ここまできてもう大丈夫だと思っていたのに。イミグレの問題が片付いたと思ったら、今度は飛行機予約の 問題だなんて。まあ、考えてみればそれはもっともな問題なんですが。
 我々「でも、すでにOKになってるパリまでは行けるんですよね。とりあえずそこまででも移動したいんですが」
 Eさん「これは振替便ですべてTAP(ポルトガル航空)を通して手配してもらってるんです。だから最後までここで予約が 取れないと振替がOKにならないんですよ」
 我々「つまり。。。今日は発てないと」
 Eさん「私もまさかこんなことになるとは思わなかったんですが。残念だけどまた明日再チャレンジしましょう。 ミセスLには私から言っておきますので」
 我々「うーん。そうですか。。。わかりました。また明日よろしくお願いします」
完全に今夜発てると思っていたので、今回の叩き落しは激しいショックでした。それでもEさんは我々のために一生懸命 やってくれたので、厚くお礼を言ってその日は一旦別れました。そして2人とも呆然としながら外にいたタクシーを捕まえ、 今朝出てきたホテルへ引き返します。今朝出てくるときには、もうこのホテルへ戻ることはないだろうと決意していたのに、 結局また泊まることになろうとは。
 タクシーを降りてフロントへ行くと、そこにはいつも座っているおじさんが相変わらず同じような格好で座っています。
 我々「こんばんは、今日も部屋あります?」
 フロントおじさん「今日も泊まるのかい。部屋ならあるよ。ほら、同じ部屋でいいかい」
ここで通常の旅行で泊まるのであれば、おじさん、もう少し明るい部屋はないの?とか聞くところでしょうが、 我々の心は地の底を這っている状態だったのでそんなことはどうでもよく、「OK」と一言言って鍵を受け取り部屋のベッドに 倒れこみます。
 今日は最後の最後でカウンターを喰らい、立ち上がれないほどの打撃を受けたので、我々はお互い交わす言葉もなく シャワーも浴びずに、そのままベッドで眠りに落ちてしまいました。
 しかし考えてみれば最大の問題であったイミグレはパスしたので今日の成果は大きい。 明日こそはもうなにがなんでも絶対出国だ!